音楽のジャンル
28/06/07 15:23
音楽のジャンルと言えば、私は何でも聴きます。歌謡曲、ジャズ、クラシック、演歌、ポップス、民謡、ロック、フォーク、ラウンジ、アシッドジャズ、ラップ、ヒップホップ、アンビエント、テクノ、ヒーリングなどなど...。最近あまり聞かなくなった言葉でAOR(アダルトオリエンテッドロック)なんてのもありましたね。ボクのルーツは日本の歌謡曲とFMラジオから流れてくる洋楽で、1960年代後半から70年代、私が10歳の頃にラジオから流れて来たのは、ピンキーとキラーズや話題の森進一、ザ・タイガース、いしだあゆみ、ヒデとロザンナ、千昌夫、伊東ゆかり、ジャッキー吉川とブルー・コメッツなどの歌謡曲やグループサウンズとともに、洋楽ではフランシス・レイの白い恋人たち、ピンキーとフェラスのマンチェスターとリバプールなどの曲が流れてきました。もちろんイージーリスニングや映画音楽が一般的で、ロックは不良の聴くもんだと相場は決まっていました。ビートルスが長髪(マッシュルームカット)で来日して物議をかもしたくらいですからね。当時の私は時代とは逆を行く性格だったらしく、小学校6年まで坊主頭が好きでいつも坊主にしてました。
過去のオリコンチャートhttp://www.oricon.co.jp/news/ranking/12667/
最初に買ったレコードははっきり覚えていませんが、イエスの危機というアルバムを買って繰り返し聞いたのを覚えています。中学生だったと思います。それからプログレッシブロックにはまり、フォーカスやキングクリムゾン、ジェントルジャイアント、ドイツのグルグルやファウストなども聴いてましたね、当時世間一般ではディープパープルのハイウェイスターなどのハードロックが全盛でした。中学生ながら阪急東通り商店街のLPコーナーや、今はありませんが天王寺にあった阿部野アポロビルの輸入レコード屋さんに足繁く通っていたのを覚えています。
高校生になってリーリトナーから入ってフュージョン全盛時代を経験し、だんだんとJazzに目覚めていったのもこの頃です。高校生でJazzなんて今考えても渋いですね。これは友人の岡崎潤一の影響です。彼とはその後Jazz喫茶をやる約束をして、彼は郵便局に就職して資金集め、私はレコードを集めるためにレコード屋さんに就職しました。もちろん毎日レコードを聴いて毎日買って帰りました。給料の大半をレコードにつぎ込んだのがこの頃、21〜23歳くらいです。当時家にレコード2000枚くらいありました。レコード屋さんでは洋楽のフロアー長をまかされ、Jazzやフュージョンを平積みで売るという前代未聞の売り方で右肩あがり、固定客も増え、そのお客様から教えられことが多かったです。特にサーファーのお客様とJazz喫茶のマスターのお客様が多く、お勧めのレコードを逆に教えてもらいました。それからあり得ないことですが、割引販売を勝手にやってましたのでますます売上は伸びたと思います。専務さん、社長ごめんなさい。それからいっしょにJazz喫茶をやるはずだった岡崎氏が郵政大学に受かり、四国へ、そのまま辞められずに現在に至っているためJazz喫茶の夢は実現せずじまいです。いつかひとりででもやってやる。ぜったいに! そして今も音楽三昧は続いています。デザイン学校でMacと出会い、iTunes革命を体験、今に至っています。そして世界を知り、地球の大きさと人の多さに圧倒されているのが現在です。一生かかっても聴ききれないくらいの曲とミュージシャンがいることに気づかされました。まだまだ知らないこと、まだまだ出会えることはたくさんあります。人間にはそれだけ可能性が無限にあるということ。ですよね。生活楽しんでますか?
過去のオリコンチャートhttp://www.oricon.co.jp/news/ranking/12667/
最初に買ったレコードははっきり覚えていませんが、イエスの危機というアルバムを買って繰り返し聞いたのを覚えています。中学生だったと思います。それからプログレッシブロックにはまり、フォーカスやキングクリムゾン、ジェントルジャイアント、ドイツのグルグルやファウストなども聴いてましたね、当時世間一般ではディープパープルのハイウェイスターなどのハードロックが全盛でした。中学生ながら阪急東通り商店街のLPコーナーや、今はありませんが天王寺にあった阿部野アポロビルの輸入レコード屋さんに足繁く通っていたのを覚えています。
高校生になってリーリトナーから入ってフュージョン全盛時代を経験し、だんだんとJazzに目覚めていったのもこの頃です。高校生でJazzなんて今考えても渋いですね。これは友人の岡崎潤一の影響です。彼とはその後Jazz喫茶をやる約束をして、彼は郵便局に就職して資金集め、私はレコードを集めるためにレコード屋さんに就職しました。もちろん毎日レコードを聴いて毎日買って帰りました。給料の大半をレコードにつぎ込んだのがこの頃、21〜23歳くらいです。当時家にレコード2000枚くらいありました。レコード屋さんでは洋楽のフロアー長をまかされ、Jazzやフュージョンを平積みで売るという前代未聞の売り方で右肩あがり、固定客も増え、そのお客様から教えられことが多かったです。特にサーファーのお客様とJazz喫茶のマスターのお客様が多く、お勧めのレコードを逆に教えてもらいました。それからあり得ないことですが、割引販売を勝手にやってましたのでますます売上は伸びたと思います。専務さん、社長ごめんなさい。それからいっしょにJazz喫茶をやるはずだった岡崎氏が郵政大学に受かり、四国へ、そのまま辞められずに現在に至っているためJazz喫茶の夢は実現せずじまいです。いつかひとりででもやってやる。ぜったいに! そして今も音楽三昧は続いています。デザイン学校でMacと出会い、iTunes革命を体験、今に至っています。そして世界を知り、地球の大きさと人の多さに圧倒されているのが現在です。一生かかっても聴ききれないくらいの曲とミュージシャンがいることに気づかされました。まだまだ知らないこと、まだまだ出会えることはたくさんあります。人間にはそれだけ可能性が無限にあるということ。ですよね。生活楽しんでますか?