私が師匠と呼べる人-マエストロへの道-Part2

今回が第2弾ですが、今回は、東京は五反田製作所の世界一の家具職人、宮本茂紀さんです。有名なデザイナーやイタリアのメーカーの試作をしている方で、ビス一本から手作りできて、金工、木工何でも来い、自分で材料を探して、無断で他人の家の竹やぶに入って行ったのは有名なエピソードです。当時私が、就職していた家具メーカーをこっそり抜け出して面接に行ったら、なんとうちの家具メーカーの職人顧問だったのです。だから私が会社に帰ったら、お前、昨日宮本さんとこへ行ったらしいじゃないかと筒抜けで、びっくりするやらバツ悪いやら...。
何度かお伺いしましたが、結局雇ってはいただけませんでした。しかしいい経験になりました。当時、あの有名な喜多俊之さん(アクオスのデザイナー)の家具を試作してるとこでした。「なんか後ろ脚のない椅子を作りたいって言ってんだよね」なんて話を聞きながら、裏ネタをいろいろと。楽しかったなぁ。
スケッチも持って行ってたので見てもらうと、構造の欠点や、図面のつじつまの合わないところを即座に指摘されたので、感動したのを今でも覚えています。絶対作った人でないとわからないところまでわかるのがすごいですよね。また、私が自分で作った革の鞄を持って行ってたのですが、どうすれば取っ手がうまく立つかを懇切丁寧に教えて下さいました。家具の作り方を教わりたいから1年契約で雇ってと言ったら、ずっと来るなら雇ってやるけど1年じゃ駄目だと言われ、「デザイナーは作り方や構造なんてわからなくていいんだ、構造や作り方は職人が考えることで、デザイナーはもっと夢のようなプラン、おもしろいことだけ考えろ」というのが宮本さんの持論でした。だから喜多さんはぜんぜん図面書かないでスケッチだけだというのもその時知りましたし、宮本さんご自身も毎年イタリアに修行に行ってるという話もその時うかがいました。あの有名なのWinkchair(カッシーナ)を作ったのも宮本さんです。宮本さんがいなかったら喜多さんもこんなに有名にはなっていなかったでしょうね。日本広しと言えども宮本さんのように頭が良くて、やる気があって、発想力も、ユーモアもある提案型の偉大な職人さんはいないでしょうね...。さしずめイタリアではジョバンニサッキさんってとこでしょうかね。その後宮本さんとはいっしょに仕事はできていませんが、私の弟子が就職したりしてお世話になりました。あれが26歳くらいのときですから、宮本さんとこに行ってたら私も今頃は...。
五反田製作所